外資系企業への転職やMBAホルダーの方の転職など、主にバイリンガルの方を中心に転職・就職サポートを行っている「beoキャリア」のキャリア・コンサルタントによるブログです。
新しいオフィスに移って約2週間が過ぎようとしています。留学カウンセリングにいらっしゃる方や、留学準備英語コースの受講生から、「綺麗なオフィス!」「移転によって通学が便利になった!」との感想を多く頂いています。私はこの2週間で、どの車両に乗ることで効率的に乗り換えがスムーズに行くか、どの信号をどこで渡るのが近道か、そして毎回違うデパ地下のお弁当を食べてみたり、仕事が終わって軽く一杯には東口で飲むのも悪くないなど、生活導線の確認、構築に努めて参りました。beoキャリアの藤井です♪
さて、キャリア・コンサルタントの佐々木がお休みを頂いている10日までの間、計4回シリーズにて私藤井より、「留学生の就職活動」をテーマに、私自身の留学経験、就職活動、卒業・帰国し日本企業に入社して・・・までの体験談を紹介したいと思います。一人二役の質疑応答形式でいきます。
・・・そんな皆様にとって、少しでも参考になれば幸いです。
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第1回:英語が話せるようになりたくって留学した高校時代 オーストラリア⇒スペイン編
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Q.1 留学したきっかけは、お父さんの仕事の関係とかですか?
A.1 中学校のときから留学に憧れていましたが、父親は完全ドメスティックで、転勤も国内しかなく。高校1年生のときに聴いていたラジオ英会話の後ろのページ広告で「AFS」留学プログラムを知り、応募したらなんと合格。1年生の終わりにMackayという街の現地校に交換留学生として派遣されることになりました。
Q.2 オーストラリア留学で印象に残っていることは?
A2. 私は日本の高校で、いわゆる、英語の成績は良いが全然しゃべれないタイプでした。英語が全然分からなくて、でも英語しか意思疎通できる言葉がなかったので、本当に辛かったです。'Which...'で始まる質問に'Yes...'とかで答えてて、もう完全にあっぷあっぷ。それまでそこそこ優等生だった私を襲った初めての挫折や屈辱でした。ただ今となってはラッキーだったのは、周りに日本人がいなかったので、日本語に逃げる術がなかったこと。ネット環境なし、日本の家族への電話は基本的に禁止だったので、どっぷりオーストラリア生活に入らざるを得なかったのです。
Q.3 思い出深いカルチャーショックは?
それまで厳しい家庭に育った私にはあまり、個人的な意見とか意思とかありませんでした。でもオーストラリアでは、「あなたはどう思うの?」がベースで、いちいち意思表示しないといけない、戸惑いました。自分の考えをはっきり述べると共に自分の言動に責任を持つ重要性についても学びました。
Q.4 英語はいつから話せるようになった?
普通3ヶ月くらいで話せるようになると言われていましたが私は3ヶ月経っても下手でした。でも5ヶ月経ったある日、キッチンでホストマザーと話していたらとてもすらすら話せて、その後はグングンのびました。はじめ話せなかった分、中途半端な発音の癖がなかったので、オージーアクセントもマスター(その後の海外生活の影響でもう話せないですが)。でも学校の成績は悪かったです。まさに学業より経験重視の留学でした。
Q.5 イギリスからスペインへのきっかけは?
1年の交換留学を終えて帰国した私は、日本の大学に進学予定でしたが、2年生の夏に父親がこの期に及んで突然スペイン転勤に。とても単身で赴任などできない父親が家族総会を臨時招集し、父親とスペインに行く要員を緊急募集。私には兄姉が計3人いますが、全員揃って海外に興味ゼロ。母親は実家を守る任務に徹することになり、当時スペインを世界地図で指すことすらできなかった私が、「英語できるから何とかなるっペー」と言ったが最後、父親と共にスペイン生活を始めることになりました。
Q.6 スペインで一体何を学んでいたのでしょう?
スペイン語が全く分からないので現地校に通うのは無理、というわけで、インターナショナルスクールに編入しました。インターのカリキュラムといえばIBが主流ですが、その学校ではなぜかイギリス式の教育課程を採用していて、2年間でGCSE、A-levelを履修することになりました。人生が今後転んでいくのか全く予想もつかなかったです、18歳のときの決断でした。
Q.7 スペインでの生活はどのようなものでしたか?
陽気なスペイン人と気候、美味しい料理、高級住宅街に住み社用車はベンツといえば人はうらやましがりましたが、学業は地獄でした。オーストラリアで日常生活は問題なかったといえ、学業より経験重視だったオーストラリアで、私はアカデミック英語を何一つ学んでいなかったのです。父親との生活の条件は、身の回りの家事を両立することだったので、学校⇒家事⇒勉強⇒睡眠⇒学校・・・の日々でした。勉強が難しくて、勉強しながら1人でよく泣きました。胃が痛くなることを覚えたのはスペインです。ある日本当に耐えられなくなって、日本の母親からの電話に泣いてしまったことが。翌日母親が、もう帰ってきても良いのよ、と言ってくれたとき、母親にこれ以上迷惑をかけることはできないと後悔。その後二度と親の前で愚痴ることはありませんでした。でもそれは自分をより追い詰めることにもなりました。本当に苦しい日々でした。今でも思い出すだけで辛くなります。
Q.8 この時点で留学生活3年目、外側に身をおいた上で日本はどう見えていた?
日本での生活が基本だった私にとって、オーストラリア留学ということで初めて、日本を外から見ることができました。留学すると、日本の悪いところが見えて西洋主義に転換するタイプと海外の嫌なところが見えて日本がやっぱり良いと落ち着くタイプがいますが、当時の私は前者のタイプ。良く言えばスポンジのような吸収力で西洋文化を取り入れていたし、悪く言えばちょっとかぶれていました(笑。
Q.9 スペインからイギリスの大学を目指したきっかけは?
ギリギリ帰国子女枠で日本の大学を受験することも不可能ではなかったのですが、なんせノウハウがない。それに帰国子女って普通英語が日本語よりぺらぺらな人を言わないか?というわけで、16歳で突然海外に飛び出した私が帰国子女になるのはなんだか微妙な立ち位置でした。また、私は17歳でオーストラリアから帰国後、そもそも日本の大学に進学してイギリスに1年間交換留学するのが夢でした。だったら、当時私の英語力はそれまでの人生において最も高かったわけで、だったらイギリスの大学を目指すべきでないか!とイギリス進学を決意。イギリス大学の受験事情は、両親は全く分からないので、インターナショナルスクールの校長先生のアドバイスを頼りに、GCSE、A-levelの成績で、受験しました。
Q.10 スペイン生活で得たことは?
自分を信じて頑張ることです。本当に勉強が辛くて、イギリスに引っ越すときには、スペインでの2年間は人生の記録から抹消しようとまで思っていました。そのぐらい辛かったです。でも、インターの先生のサポートもあったし、父親も黙って見守ってくれた、時間が経てば辛い思い出は薄れ、スペインの気候、料理など快適だった生活もあったと、その後かれこれ10年以上経った今でも良い思い出として残っています。あの時逃げなくて良かったと思うし、当時の辛抱がその後のイギリス生活で花開く(爆発!?)することとなるのです。あと言語ということで言うと、この時点でトリリンガルでした。街でスペイン語、学校で英語、家では日本語だったので。
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・・・第1回はここまでです。私の履歴書には大学入学までに色々な学校で出てくるので、就職活動のときは、履歴書の説明が自己PRみたいな役割を果たすことも少なくなかったです。
第2回ではイギリス大学生活に突入していきます。お楽しみに☆
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