外資系企業への転職やMBAホルダーの方の転職など、主にバイリンガルの方を中心に転職・就職サポートを行っている「beoキャリア」のキャリア・コンサルタントによるブログです。
beo Alumni(同窓会)第2回イベントの申込みを現在受け付けているのですが、留学を経てご帰国された方から報告メールが頂いたり、今は子育てで忙しくて参加できないけど次回も声をかけてください!など、近況を報告してくださると、私も読んでいて嬉しくなります。beoキャリアの藤井です♪
さて、計4回シリーズにてお届けしている「留学生の就職活動」、私自身の留学経験、就職活動、卒業し日本企業に入社して・・・のエピソードを紹介しています。
第1回目から読みたい方は、こちらからどうぞ。
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第3回:卒論と日本への帰国準備、就職活動の両立が大変でした!イギリス大学4年次編
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Q.1 日本企業で働くためにどのように就職活動を始めましたか?
A.1 日本にいる学生に比べて明らかに就職情報が入手しにくかったです。当時は日本国内の連絡先しか入力できなくてウェブ登録もできなかったりしたので。Webサイトやメールで、勉強の合間に情報収集をしていました。また、留学生を対象にしたバイリンガル向けの合同説明会に参加しました。
Q.2 就職活動において心がけていたことは何ですか?
大手企業や有名企業という肩書きでは乗っからないようにしました。なぜかというと私は当時海外生活7年目で、日本に帰国することにかなりおびえてもいました。日本の奥ゆかしい社会文化に適応できるか自信がなかったからです。入社しても、海外大学卒業生が私だけとかだったら絶対に浮いてしまうと確信していたので、海外大学を卒業した学生を積極的に受け入れている、受け入れようという意思がある(バイリンガル向けの就職説明会に参画している)、秋に入社時期を設けている会社にターゲットを絞っていました。
Q.3 英語を使う仕事についてはどのように考えていましたか?
A.3 よく英語を使う仕事に就きたいという考えだけだとちょっと安易というかさもないと他力本願な感じですけど、語学が武器なら要はそれをどうアピールするかだと思います。私の場合は英語+中国語が武器だったので、そこはアピールしました。ただアピールの方法として、私は英語を使うというより日本で中国向けにビジネス展開している会社が良かったので、外資系より日本企業(メーカーや商社)が良い、その代わり外国語が飛び交うであろう海外事業部に在籍できるようアピールしました。結果的に日本企業で良かったことは、日本でのビジネススキルを一から叩き込まれたことです。今でも日本のお客様と接する仕事をしていますので、日本のビジネスマナーをこっぴどく叱られながら学んでいけたことは感謝です。
Q.4 TOEICってやっぱり必要ですか?
A.4 振り返って思うのはあった方が良いということです。私も一時帰国したときに受験しました。でもIELTSは7.0だったのに、TOEICは800点台でしょぼかったです。TOEICスコアで、私のコミュニケーション力を測ることなんて所詮できないわよといじけていましたが、でも本当に英語力のある人はIELTSでもTOEICでも高いスコアを保持しています。beoに入社してくる同僚を見てもそう思います。だから謙虚にTOEICを受験したほうが無難だと思います。
Q.5 就職活動で辛かったことは何ですか?
A.5 日本の友達は既に社会人1年生になっていたということもあり、とにかく友達と話せば話すほど不安は増すばかりでした。日本の友達には、英語ができたら就職困らないよ~とか言われていましたが、それは事実ではありません。海外大学卒業生にも悩みはあるのです。例えば日本で大学生やってた人なら知っていることでも海外生活が長い人にはわからないこととか。そういうギャップを感じて、今なら些細だと思えることでも焦っていました。当時キャリアについて相談できる人がいなかったのでなおさら、beoキャリアでは新卒向けのサポートもあることに、その必要性を感じています。
最後にいくつかのアドバイスを・・・
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・・・第3回はここまでです。次回最終回は、ひょえーお金もらって働くって大変!入社後のカルチャーショックなど等お届けします。私根性から叩きなおされましたからね。お楽しみに☆
週末、イケアデビューしました。お昼前にお店に着いたのですが、休日だからか、引越しシーズンだからか、人がたくさん!特に子供連れの家族が多くて、まるでテーマパークに来たかのような賑わいでした。留学時代を思い出すキッチンのモデルルーム、改装の施しようがない賃貸に住む私はただ眺めるだけでしたが、でも眺めているだけでも妄想は膨らみました。カフェはなんだかヨーロッパのFood Court(Canteen)のよう。最後の食料品コーナーで、雑貨より多くの買い物をしてしまいました。ヨーロッパの生活が懐かしくなりました。beoキャリアの藤井です♪
さて、計4回シリーズにてお届けしている「留学生の就職活動」、私自身の留学経験、就職活動、卒業、帰国し日本企業に入社して・・・のエピソードを紹介しています。
第1回目から読みたい方は、こちらからどうぞ。
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第2回:イギリスの大学で今後の方向性に悩む。イギリスで働く or 日本で働く?! イギリス大学1~3年次編
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Q.1 イギリスの大学での専攻は何故ゆえにChinese Studies?
A.1 将来海外と関わる仕事がしたかったので、日本の大学に行くなら国際関係学部に進みたいなと思っていました。それで、イギリスの大学だったら英訳したらInternational Relationsだべっ!とこれをキーワードに探していたのですが、イギリスの専攻はPolitics、Economicsなどと細分化されていて、深く学問を追求していくのですが、Single HonourでPoliticsやEconomicsを専攻するほどの興味がなかったのと、上記の専攻でついていく為のネイティブレベルの英語力が自分には備わっていないと分かっていたので、イギリスの大学に進学したら絶対ネイティブに負けない武器で武装したいと思っていました。そんな私にインターナショナルスクールの校長先生が薦めてくれたのは、Chinese Studies(中国研究)という専攻。初めは、何でアジア人の私が?と戸惑ったのですが、Prospectusを読んでいくうちに、私は隣国の中国について何も知らないこと、そしてヨーロッパから見た中国がどう見えるか勉強したい、と興味が芽生えました。おまけで私の背中を押してくれたのは、イギリスの大学でChinese Studiesを専攻すると、1年次の単位を取得したら留学生でも2年次で交換留学できること、私は16歳まで日本の教育を受けているので漢字能力が高いからイギリス人にも負けない自信があることでした。このおまけともいえる私の秘かな目論見はしかし、非常に貴重な着眼点で私のキャリアに大きな影響を与えることとなりました!
Q.2 中国に留学して失敗した反省点があったそうですが?
語学面で、これまで英語とスペイン語を向上させる良い環境に恵まれていた私ですが、中国に行って初めて躓きました。日本語と英語が堪能であることで、私は無理にでも中国語を話すという習慣から逃げてしまったのでした。一度日本人と日本語、西洋人と英語で話してしまうと、留学生同士でも中国語で話すことが億劫になってしまい、私の中国語は1年間で思うように伸びませんでした。但し基礎の発音は身についていたことと、その後3年次にイギリスに戻った後中国語圏の友達が増えて、結果的にそこで伸びましたが、あの時日本人とどうしても中国語で話すのが恥ずかしかった・・・私がbeoカレッジの受講を皆さんに勧める理由のひとつには、私が苦労した日本人同士で外国語を話す羞恥心をなくす訓練ができるから、というのも実はあります。
Q.3 中国に留学しての1番の収穫は?
A.3 西洋だけでなくアジアの双方の観点から物を見ることができるようになったことです。私がそれまで留学したオーストラリア、スペイン、イギリスで知り合った多くの日本人は西洋文化を崇拝気味でした。まあ興味がないところにわざわざ留学しないのでこれは当たり前なのですけど。しかし、中国で知り合った日本人は、びっくりするほどアンチ英語、アジア崇拝気味がマジョリティだったのです。個々の価値観をどうこう言うことはできませんが、私は西洋か東洋、どちらかを崇拝しどちらかを見下す、そんな偏った価値観ってもったいないなって思ったのです。西洋にも東洋にもどちらにも良い部分や自分とは合わない部分がある。でも片方だけに通じていたら多角的に物事を捉えることなどできない。私が留学して将来活かしたいことは、海外と日本の架け橋になること、だからイギリスの大学に所属しながら中国に留学して良かったと思っています。
Q.4 イギリスで就職を考えていましたか?
A.4 海外で働くってカッコいい!イギリスで働きたい!多くの留学生が1度は憧れると思われるこの発想、勿論私にもありました。ただ私が自分の身の程を分かっていたことには、自分の英語や思想は、イギリス人化していなかったことです。自分の英語は上級レベルだけどネイティブではない、振る舞いとかイギリス文化はかなり吸収していたけど、私はやっぱり日本人、そんな立ち位置だったので、いかに日本人として自分がイギリス市場に売れるか!がテーマでした。
Q.5 イギリス就職を目指さずに結果的に日本就職を目指した経緯は?
A.5 大学のCareers Serviceで開催される就職セミナーに参加しても、あからさまに、あなたは不利だねなどとは言いはしませんが、でもイギリス人(EU圏内)で私と同様のスキルを持つCandidateがいたらそちらを優先するというのは明らかでした。そして私が上記で書いている通り、海外と日本の架け橋になる仕事について考えると、日本に帰国して新卒として就職することのほうが私には賢明だという結論に至りました。ちなみに中国での就職も考えていましたが、特に10年前の当時は現地採用で働く給料は日本企業からの駐在社員と大違いという事実がありました。将来に活きる経験を積めるなら給料が全てでないとあえて突っ張ってみた時期もありましたが、現地でOKライフを過ごせても、日本に一時帰国する資金がないとかいうのは正直辛いと思い、晴れて7年ぶりに日本に帰国、海外大学卒業生として日本で就職活動するぞーと心に決めた大学3年生の終わり、23歳の夏でした!
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・・・第2回はここまでです。私はそれほど先見の明はないですが、英語+中国語を習得し帰国した2001年は中国ビジネスがドカーンと大きく飛躍していた年、お前がこんなになっちゃってスペインに連れてって申し訳ないと今でも私に謝る父親(それってどういう意味じゃ!)も、お前のこの読みだけは当たりだったなと評価してくれます。勿論1997年に大学に入学したときに4年後の世界情勢を見越して専攻を決めたわけじゃなかったんですけどね。
第3回では、イギリス大学最終学年、卒論と並行して進めた就職活動について話していきます。お楽しみに☆
新しいオフィスに移って約2週間が過ぎようとしています。留学カウンセリングにいらっしゃる方や、留学準備英語コースの受講生から、「綺麗なオフィス!」「移転によって通学が便利になった!」との感想を多く頂いています。私はこの2週間で、どの車両に乗ることで効率的に乗り換えがスムーズに行くか、どの信号をどこで渡るのが近道か、そして毎回違うデパ地下のお弁当を食べてみたり、仕事が終わって軽く一杯には東口で飲むのも悪くないなど、生活導線の確認、構築に努めて参りました。beoキャリアの藤井です♪
さて、キャリア・コンサルタントの佐々木がお休みを頂いている10日までの間、計4回シリーズにて私藤井より、「留学生の就職活動」をテーマに、私自身の留学経験、就職活動、卒業・帰国し日本企業に入社して・・・までの体験談を紹介したいと思います。一人二役の質疑応答形式でいきます。
・・・そんな皆様にとって、少しでも参考になれば幸いです。
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第1回:英語が話せるようになりたくって留学した高校時代 オーストラリア⇒スペイン編
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Q.1 留学したきっかけは、お父さんの仕事の関係とかですか?
A.1 中学校のときから留学に憧れていましたが、父親は完全ドメスティックで、転勤も国内しかなく。高校1年生のときに聴いていたラジオ英会話の後ろのページ広告で「AFS」留学プログラムを知り、応募したらなんと合格。1年生の終わりにMackayという街の現地校に交換留学生として派遣されることになりました。
Q.2 オーストラリア留学で印象に残っていることは?
A2. 私は日本の高校で、いわゆる、英語の成績は良いが全然しゃべれないタイプでした。英語が全然分からなくて、でも英語しか意思疎通できる言葉がなかったので、本当に辛かったです。'Which...'で始まる質問に'Yes...'とかで答えてて、もう完全にあっぷあっぷ。それまでそこそこ優等生だった私を襲った初めての挫折や屈辱でした。ただ今となってはラッキーだったのは、周りに日本人がいなかったので、日本語に逃げる術がなかったこと。ネット環境なし、日本の家族への電話は基本的に禁止だったので、どっぷりオーストラリア生活に入らざるを得なかったのです。
Q.3 思い出深いカルチャーショックは?
それまで厳しい家庭に育った私にはあまり、個人的な意見とか意思とかありませんでした。でもオーストラリアでは、「あなたはどう思うの?」がベースで、いちいち意思表示しないといけない、戸惑いました。自分の考えをはっきり述べると共に自分の言動に責任を持つ重要性についても学びました。
Q.4 英語はいつから話せるようになった?
普通3ヶ月くらいで話せるようになると言われていましたが私は3ヶ月経っても下手でした。でも5ヶ月経ったある日、キッチンでホストマザーと話していたらとてもすらすら話せて、その後はグングンのびました。はじめ話せなかった分、中途半端な発音の癖がなかったので、オージーアクセントもマスター(その後の海外生活の影響でもう話せないですが)。でも学校の成績は悪かったです。まさに学業より経験重視の留学でした。
Q.5 イギリスからスペインへのきっかけは?
1年の交換留学を終えて帰国した私は、日本の大学に進学予定でしたが、2年生の夏に父親がこの期に及んで突然スペイン転勤に。とても単身で赴任などできない父親が家族総会を臨時招集し、父親とスペインに行く要員を緊急募集。私には兄姉が計3人いますが、全員揃って海外に興味ゼロ。母親は実家を守る任務に徹することになり、当時スペインを世界地図で指すことすらできなかった私が、「英語できるから何とかなるっペー」と言ったが最後、父親と共にスペイン生活を始めることになりました。
Q.6 スペインで一体何を学んでいたのでしょう?
スペイン語が全く分からないので現地校に通うのは無理、というわけで、インターナショナルスクールに編入しました。インターのカリキュラムといえばIBが主流ですが、その学校ではなぜかイギリス式の教育課程を採用していて、2年間でGCSE、A-levelを履修することになりました。人生が今後転んでいくのか全く予想もつかなかったです、18歳のときの決断でした。
Q.7 スペインでの生活はどのようなものでしたか?
陽気なスペイン人と気候、美味しい料理、高級住宅街に住み社用車はベンツといえば人はうらやましがりましたが、学業は地獄でした。オーストラリアで日常生活は問題なかったといえ、学業より経験重視だったオーストラリアで、私はアカデミック英語を何一つ学んでいなかったのです。父親との生活の条件は、身の回りの家事を両立することだったので、学校⇒家事⇒勉強⇒睡眠⇒学校・・・の日々でした。勉強が難しくて、勉強しながら1人でよく泣きました。胃が痛くなることを覚えたのはスペインです。ある日本当に耐えられなくなって、日本の母親からの電話に泣いてしまったことが。翌日母親が、もう帰ってきても良いのよ、と言ってくれたとき、母親にこれ以上迷惑をかけることはできないと後悔。その後二度と親の前で愚痴ることはありませんでした。でもそれは自分をより追い詰めることにもなりました。本当に苦しい日々でした。今でも思い出すだけで辛くなります。
Q.8 この時点で留学生活3年目、外側に身をおいた上で日本はどう見えていた?
日本での生活が基本だった私にとって、オーストラリア留学ということで初めて、日本を外から見ることができました。留学すると、日本の悪いところが見えて西洋主義に転換するタイプと海外の嫌なところが見えて日本がやっぱり良いと落ち着くタイプがいますが、当時の私は前者のタイプ。良く言えばスポンジのような吸収力で西洋文化を取り入れていたし、悪く言えばちょっとかぶれていました(笑。
Q.9 スペインからイギリスの大学を目指したきっかけは?
ギリギリ帰国子女枠で日本の大学を受験することも不可能ではなかったのですが、なんせノウハウがない。それに帰国子女って普通英語が日本語よりぺらぺらな人を言わないか?というわけで、16歳で突然海外に飛び出した私が帰国子女になるのはなんだか微妙な立ち位置でした。また、私は17歳でオーストラリアから帰国後、そもそも日本の大学に進学してイギリスに1年間交換留学するのが夢でした。だったら、当時私の英語力はそれまでの人生において最も高かったわけで、だったらイギリスの大学を目指すべきでないか!とイギリス進学を決意。イギリス大学の受験事情は、両親は全く分からないので、インターナショナルスクールの校長先生のアドバイスを頼りに、GCSE、A-levelの成績で、受験しました。
Q.10 スペイン生活で得たことは?
自分を信じて頑張ることです。本当に勉強が辛くて、イギリスに引っ越すときには、スペインでの2年間は人生の記録から抹消しようとまで思っていました。そのぐらい辛かったです。でも、インターの先生のサポートもあったし、父親も黙って見守ってくれた、時間が経てば辛い思い出は薄れ、スペインの気候、料理など快適だった生活もあったと、その後かれこれ10年以上経った今でも良い思い出として残っています。あの時逃げなくて良かったと思うし、当時の辛抱がその後のイギリス生活で花開く(爆発!?)することとなるのです。あと言語ということで言うと、この時点でトリリンガルでした。街でスペイン語、学校で英語、家では日本語だったので。
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・・・第1回はここまでです。私の履歴書には大学入学までに色々な学校で出てくるので、就職活動のときは、履歴書の説明が自己PRみたいな役割を果たすことも少なくなかったです。
第2回ではイギリス大学生活に突入していきます。お楽しみに☆
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